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片桐且元出生地

賤ヶ岳七本槍の一人で、現在の長浜市須賀谷町に生まれ。
父は浅井氏の家臣である片桐直貞。
浅井氏は天正元年(1573)に織田信長に攻められ滅亡したが、
翌年には長浜城主となった豊臣秀吉に弟の貞隆と共に仕えることとなった。
天正11年(1583)の賤ヶ岳の戦いでは、加藤清正や福島正則らと共に目覚ましい武功を挙げ、
賤ヶ岳七本槍の一人として称えられた。
文禄4年(1595)には摂津茨木に一万二千石の加増を受け、茨木城主となった。
また、慶長3年(1598)には小出秀政らと共に豊臣秀頼の傅役に任命され、大坂城代となった。
秀吉の死後は、豊臣秀頼の補佐をしていたが、豊臣方から徳川の内通者と疑われたことから、
大坂の陣では最終的に徳川方として参戦した。